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「野菜嫌い」元No.1営業が脱サラして八百屋を開業? つくば市の謎のキーパーソンに迫る

「野菜嫌い」元No.1営業が脱サラして八百屋を開業? つくば市の謎のキーパーソンに迫る

つくば市に「野菜嫌いの八百屋さん」がいるという情報をキャッチ

筑波山の麓に広がる田んぼ

つくば市と聞いて、日本百名山の「筑波山」、筑波宇宙センター(JAXA)や筑波大学をはじめとした大学や研究機関があるまちということは、つくば市を訪れたことがない方もご存じかと思います。

そんな、つくば市で縁もゆかりもなかったにもかかわらず、八百屋さんを起業し、現在ではドローン事業やプロデュース業など幅広く活躍をしている人物がいます。
なんでも「野菜嫌いの八百屋さん」であり「ドローンを飛ばす八百屋さん」なんだとか。

 「野菜嫌いなのにどうして八百屋さんを?」「ドローンはなんのために飛ばしているの?」
これはちょっと話をきいてみたい!ということで、編集部がアポを取り、インタビューを依頼したところ、こころよく引き受けてくださいました。

Synergy Base

指定された場所に向かうと、「Synergy Base(シナジーベース)」と書かれたオシャレな建物が。
どうみても八百屋さんには見えませんが、ここで一体、なにをしてらっしゃるのでしょうか?

 案内されて建物の一室に入ると、会社のロゴがお出迎え。

「人からきこえる」「季からいただく」と書いてあります。

そして、入口には巨大なドローンが!一般にイメージするドローンの5倍はありそうな巨大なタイプ。よく見ると、ドローンにはタンクが装着されています。

「ドローン + タンク」とくれば、これはもうなにかを散布する前触れです。肥料か農薬?

応接室に通していただくと、ついに会うことができました。「野菜嫌いの八百屋さん」こと「株式会社よろぎ野.菜(よろぎの) 」代表取締役・吉田 巧さん。
さっそく話をきいてみたいと思います。

インタビュー:「株式会社よろぎ野.菜(よろぎの) 」代表取締役・吉田 巧さん

 「つくば市の魅力を語らせたら、2時間ではとても足りない」

そう語る吉田さんは、かつて東京の某大手情報通信企業でバリバリの営業職として働いていました。しかも、その会社は「ここで営業一位の成績を収めたら、実質的に日本一の営業と自負できる」と評されるほどレベルの高い会社だったそうです。

吉田さんは「30歳までにトップになる」と決め、有言実行。見事No.1の営業となり、これを機に独立を目指して会社を辞める決断をしました。

……ちょっと待って、これって本当に八百屋さんの話なの?

話をきいていくと、野菜嫌いだった吉田さんが一発で八百屋さんになる決意を固めるほどの衝撃的な体験をされていたことがわかりました。

よくインドに行って人生観がガラッと変わる話を聞きますが、吉田さんの場合は「茨城県つくば市」だったのです。

嫌いだったニンジンが「美味しい」。ある農家のお母さんとの出会い

──吉田さんはもともと、野菜が嫌いだったとお聞きしました。

そうなんです。なかでもニンジンがとびきりダメで、「野菜臭さ」を感じるのが苦手でした。そんな私がなぜ、つくば市で野菜に関わる仕事をしているのかというと、きっかけは茨城のニンジン農家さんだったんです。

退職の挨拶のために全国を巡っていたところ、茨城県つくば市で野菜の卸業をしていた会社から「一年間、手伝いをしてみないか」と誘われたんです。ある日、その会社の人に連れられ、とある農家さんを訪ねたところ、農家のお母さんが採れたてのニンジンを差し出してくれました。

▲回想シーンその1。実際のニンジン農家さんではなくイメージです。

ニンジンは嫌いだとも言えず、せっかくのご厚意なので頑張って一口かじってみたところ、これが意外にも美味しかった。

最初は自分が30歳を過ぎて味覚が大人になり、いつの間にかニンジンを食べられるようになったのだと思っていました。

▲回想シーンその2。写真は実際のカレーではなくイメージです。ニンジンがあるとカレーってわかりやすいですよね。

それから後日、東京に戻ってカレーを作ろうとした日のこと。「せっかくニンジンが食べられるようになったんだし」と、スーパーで買ったニンジンをカレーに入れて食べたところ、やっぱり苦手、嫌いなニンジンの味だったんです。衝撃が走りました。

「ニンジンがいけるようになったのは勘違いだった。お母さんのニンジンが特別なんだ!」

いてもたってもいられず、カレーを作った翌日に茨城へ向かいました。ニンジン農家のお母さんに会い、正直にニンジン嫌いのことを告白して、お母さんのニンジンはどうして美味しいのか聞いてみたんです。すると、意外な答えが返ってきました。

▲回想シーンその3。写真は実際のお母さんではなく、イメージです。

「子どもはみんな個性があって、それぞれ違うでしょう?」

お母さんからすれば、野菜の栽培も子育てと同じことなのでしょう。それぐらい愛情を込めて育てているという話です。

お母さんから「人が育てるものだから、味や特徴が違うのは当たり前」という話を聞き、農家さんにもいろんな人がいて、ニンジンにも個性があるのだと気がつきました。それならば、自分が素晴らしいと思えるものを探せばいいのだと。

「人参も作り手で味や特徴が変わる、そして、同じ作り手でも畑で味が変わるんだ」

私の父親も大のニンジン嫌いだったのですが、そのお母さんのニンジンを送ったところ「これは食べられる」と言っていました。自分が良いと感じたものって、人におすすめしたくなるじゃないですか。本でも映画でも、感動したことは身近な人に伝えたいですよね。

私はもともとはOA機器を売る営業でしたが、次に仕事にするのなら人間にとって必要不可欠である「衣・食・住」に関するものを、胸を張って売れるようにしたいとずっと考えていたんです。このニンジンのことを、そして、こういう野菜を作る農家さんのことを世の中に知らせたいと強く感じたんです。

▲「ニンジンは内側と外側、どっちが甘いと思いますか?」インタビュー中、気になる豆知識をどんどん教えてくれる吉田さん。答えが知りたい方はぜひ、吉田さんに聞いてみてください。

このことがきっかけで、野菜の卸業をやるようになり、ニンジン農家のお母さんとの出会いもあったので、つくばという土地のことが好きになったんです。それから農業に関する知見を学びながら、2011年3月に「株式会社よろぎ野.菜」をつくば市で起業しました。

生産者と消費者をつなぐ架け橋へ

──「株式会社よろぎ野.菜」は、どんなことをする会社なんでしょうか。

八百屋と名乗っていますが、私が店を構えて野菜を売ったりするわけではありません。首都圏のスーパーや百貨店、飲食店などを中心に、素晴らしい農家さんたちが作る野菜を卸売りするのがメインの事業です。

そして、もうひとつ大切なことが「農業をプロデュースすること」です。

私にとってのニンジンがそうだったように、世の中には素晴らしい野菜があり、その野菜を作る素晴らしい農家さんがいます。でも、その野菜や農家さんの情報と日常的に触れる機会は、まだまだ少ない世の中だと感じています。

私が目指していることの一つは「食と農業の課題を解決し、新たな経済価値を創造する」こと。例えば農家さんを「ブランド化」することで情報発信力を高め、スーパーや飲食店が農家さんを探してコンタクトを取りやすくする仕組みづくりをしたり、生産や流通など農業に関するあらゆる課題をクリアするための取り組みも行なっています。

──ドローンを飛ばすのも、その課題解決をして”価値に変えるためなのだとか。

はい。ドローンを飛ばすのが趣味だったというわけではなく、農業をより発展させるためにドローンの操縦を覚えました。

今、ドローンによる栽培管理の効率化についても研究を進めていて、ドローンで空撮した映像データを農家さんに渡すと思いもよらない反響があったりするんです。

▲空撮したレンコン畑について説明をする吉田さん

プロフェッショナルな農家さんは、葉の大きさやつき方で「ここは肥料が足りてない」とか、「ここは虫害の可能性がある」とか、野菜の生育状況なども含めたさまざまな情報を活用して農業に活かすことができます。

ドローンを使った農薬散布では、人の手で3~4時間かかるような作業を10分程度で終わらせることも可能なんです。

このように、ドローンを使って農業の効率化ができれば、空いた時間でホームページを更新したり、SNSを更新したり、農家さんが情報発信をするための時間をもっともっと増やすことができると思うんですよね。

つくば市の良いところについて

──ズバリ、吉田さんが考えるつくば市の良いところはなんでしょうか?

「茨城の良いところがぜんぶ集まってくる」ところですかね。東京からもほど近く、人や情報が集まり、情報を発信する基地としての機能があると思います。

それと、みなさんもご存知の通り、つくば市は日本有数の研究機関が集まっている都市です。研究機関や大学発のベンチャー企業なども多く、ユニークな研究者やクリエイターがいて、いろんな可能性を秘めていると思うんです。

あのシャインマスカットを開発した農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)も、つくば市に本部を置いているんですよ。

その他にも自然や公園も多く、子どもが遊ぶ場所、子どもが学ぶための施設も多くあります。教育の面でも有意義な、まちづくりができているのではないでしょうか。

また「パンのまち」や「犬のまち」としても知られていて、魅力的な表情がたくさんあるまちなんですよ。

▲東京よりドローンが飛ばしやすいという点も忘れてはなりませんね。

──起業を考える人の移住先としてもおすすめできそうですね

そうですね。私も仕事の領域を狭めたりはせず、自分が企画した食のイベントだったり、大型商業施設でマルシェを開催したりと、いろんな挑戦を続けています。やりたいことが多すぎて身体が足りないぐらいです(笑)。

この建物、「Synergy Base(シナジーベース)」は商工業や農業、科学、教育などが分野を超えて、相乗効果を発揮し、日々新しい事が生まれる拠点として誕生しました。

サークル活動だったり、コミュニティをつくるのにも最適な場所なので、こういった拠点を利用して新しいことにチャレンジしてみるのも面白いと思います。私たちと一緒になにかやりたいとか、そういった相談も受けつけています。

簡単には語りつくせない つくば市の魅力

実はこの日、吉田さんにつくば市の魅力的なスポットを車でたくさん案内してもらう予定でした。

しかし、インタビューを始めたら話の内容が面白すぎて、あれもこれもと質問しながら受け答えをしていただいているうちに、あたりが真っ暗になるほど時間が経過していたので、また後日ということに。

言葉の一つ一つから「つくば愛」が伝わってくるエンターテイナーな吉田さん。

異色の経歴を持ちながら、茨城の農業を支え、新しい農業の未来を開拓し続ける「エネルギーの塊」のような人でした。

美味しい野菜や果物のことは吉田さんに聞けばぜんぶ解決してくれそうですね!素敵なお話、ありがとうございました。